煩悩即菩提

仏法では「煩悩即菩提」と説く。
わかりやすく言うと、煩悩とは「悩み」であり、悩みを起こさせる欲望です。
菩提とは「幸福」であり、境涯が開けることです。
ふつうは、煩悩と菩提はバラバラです。悩みと幸福は正反対です。

しかし日蓮大聖人の仏法では、そうではない。
悩みという「薪」を燃やして、初めて幸福の「炎」が得られると説く。
幸福の光とエネルギーが得られるのです。題目によって「薪」を燃やすのです。

(『青春対話』から )

煩悩即菩提

真実の信仰は、煩悩即菩提である。
悩みがないのではない。悩みに負けるのでもない。
悩みを乗り越えて幸福をつかみ、境涯を開く。それが信心である。

(「希望の明日へ」より)

何ものにも負けない人生

今は苦しみの連続かもしれない。しかし、永遠に続く楽しみなどないように、永遠に続く苦しみもない。人生には、楽もあれば、苦もある。勝つこともあれば、負けることもある。苦も楽も共にあるのが人生の実相である。
だからこそ、苦しくとも、また楽しくとも、ありのままの姿で、南無妙法蓮華経と唱えきっていきなさいと、大聖人は教えておられるのである。

その人は、妙法の智慧と力によって、最高の幸福境涯となっていく。何ものにも負けない人生を生きることができるのである。

絶対に行き詰まりはない

南無妙法蓮華経と唱えれば、「生きぬく力」がわいてくる。
「希望」がわいてくる。煩悩即菩提で、悩みを喜びに、苦しみを楽しみに、不安を希望に、心配を安心に、マイナスをプラスに、すべて変えながら生きぬいていける。絶対に行き詰まりがない。

(「幸福と平和を創る智慧」より)